民放公式テレビ配信サービス「TVer」や、定額制動画配信サービス「Hulu」など、オンデマンド配信が普及し、地上波とデジタル、ネットの融合が進むテレビ業界。なかでも総合コンテンツ企業として、先進的なDXやAI活用を推進しているのが日本テレビです。
2024年9月には、業界に先駆けて生成AIを活用したコンテクスチュアル広告をリリースし、話題を集めました。この広告システムは、内製でDXを進める日本テレビがグーグル・クラウド・ジャパン(以下、Google Cloud)の支援のもと、シンプレクスとタッグを組んで開発しました。
取材協力
- 日本テレビ放送網株式会社
- DX推進局ICTエンジニアリング部 主任 大驛 貴士 氏
DX推進局データ戦略部 石原 岳拓 氏
DX推進局データ戦略部 堀田 大貴 氏 - シンプレクス株式会社
- クロス・フロンティアディビジョン エグゼクティブプリンシパル 峯嶋 宏行
クロス・フロンティアディビジョン アソシエイトプリンシパル 鬼城 僚
クロス・フロンティアディビジョン リード 石倉 幸
視聴体験を損なわずに高い広告効果を目指すコンテクスチュアル広告
日本テレビのコンテクスチュアル広告とは、コンテンツの内容や文脈(コンテキスト)に合わせて、より効果的に配信する広告です。例えば、テレビドラマで登場人物が会社帰りにビールをおいしそうに飲むシーンがあれば、そのコンテンツにビールのCMを流すといった手法です。コンテクスチュアル広告は、日本テレビがコンテンツを提供しているTVerの広告配信に利用されています。
デジタル広告業界では、プライバシー保護の観点から、サードパーティCookieの廃止を検討する流れや広告トラッキングのオプトイン化の流れが続いており、個人の属性や行動履歴に基づく広告展開がしづらくなっています。そのため、従来のデジタル広告の良さであった、性別や年齢、趣味嗜好などオーディエンスデータを元に、高精度なターゲティングを行う環境が失われつつあります。
そんな中、新しい広告配信として注目されているのが個人情報や行動履歴を取得する必要がない「コンテクスチュアル広告」です。日本テレビでは製作したコンテンツデータをTVerで配信する前に解析し、キーワード情報やカテゴリ情報を抽出することで、コンテンツ文脈軸での広告配信を実現しています。
コンテクスチュアル広告は、今、見ているコンテンツの内容に即した、自然なかたちで配信されるため、通常の広告配信よりもユーザの関心をひきやすく、親和性を感じてもらいやすいという特徴があります。
これまでのコンテクスチュアル広告の課題
シンプレクスが携わることになった際の、日本テレビのコンテクスチュアル広告の課題は大きく二つありました。
一つ目は、コンテンツの内容を解析する「複雑さ」です。これまではSpeech-To-Text(発話を文字化する機能)とVision API(物体認識を行う機能)を組み合わせることで文脈を捉えていました。複数の機能をかけあわせるがゆえに、内部構造が複雑化していました
二つ目は、カテゴリ分類の難しさに起因する「精度」の問題です。シンプレクスが携わる前にカテゴリ分類は実現されていましたが、新しく世の中に出てきた新出キーワードや、流行りや話題性のあるキーワードが正しくカテゴリ分類されているか、という「精度」に課題がありました。
生成AIの活用による課題解決
これら二つの課題を解決するため、「生成AI(Gemini)」を活用して解決することを目指しました。具体的には、GoogleがリリースしたばかりのAI基盤LangChain on Vertex AI(プレビュー)や、キャッシュを作成してデータを生成AIにあげることでコスト削減を図ることができるコンテキストキャッシングというプレビュー段階の機能など、最新のテクノロジーを活用しました。
一つ目の課題である「複雑さ」に関しては、これまでのSpeech-To-TextやVision APIを廃止し、これらの役割を生成AIに置き換えることで、これまでよりも解析精度を高く、短期間で、簡潔に処理されることを目指しました。生成AIに質の高い回答を得るためのプロンプトは、Google Cloudとともに試行錯誤を行い、多種多様なコンテンツを様々な観点で正しく解析することができました。(以下、メタ情報生成AI)。
試行錯誤を行う中で、プロンプトを精査しても、膨大なコンテンツを一度に解析することが困難という結論に至りました。そのため、「人や動物」「人や動物が身につけているもの」「モノや食べ物、風景」などの切り口で、1シーンあたり生成AIで複数回処理を実行しています。加えて、コンテキストキャッシング機能により動画をキャッシュすることで処理を効率化し、コスト削減を実現しています。
二つ目の課題である「カテゴリ分類の精度」に関しても生成AIを活用し解決しました。メタ情報生成AIが解析した結果を、各カテゴリに分類するための生成AIです(以下、カテゴリ分類生成AI)。
印象的だったのは、当初、カテゴリ分類生成AIを一つ用意することを想定していましたが、一つのプロンプトですべてのカテゴリ分類を網羅することは難しいと判断し、カテゴリ毎にプロンプトを作成したことです。カテゴリ毎にプロンプトを修正し、何度も試行錯誤を繰り返すことで、精度を高めることができました。また、カテゴリ毎にプロンプトを分けたことにより、今後、新しいカテゴリが必要になった際、容易に作成することができる点も大きな強みだと感じます。これまでのコンテクスチュアル広告は、13カテゴリに対応していましたが、メタ情報生成AIの登場により、倍の26カテゴリまで対応されています。赤字が新たに追加されたカテゴリです。


シンプレクスへの生成AI関連の相談や依頼はこれまでもいくつかありましたが、ほとんどは社内のナレッジをチャットボットにするテキストベースのものでした。今回のプロジェクトは、生成AIの「商用利用」にチャレンジすることにフォーカスして、しっかり実現できたことは非常に貴重な体験でした。また、Google Cloudのリリースしたばかりのサービスやプレビュー版を扱うため、シンプレクスにも細かな情報やノウハウはありませんでした。製品仕様が不明な点が多々あり想定外の動作をすることがありましたが、TAP(Tech Acceleration Program)の全面協力のもと、分からないことはGoogle Cloudのトップエンジニアに気軽に聞くことができ、刺激的な経験でした。
AI任せにしない「ひと工夫」
「なぜこの番組がこのカテゴリに分類されているのか」といったことを理解して説明できる必要があります。「生成AIが決めたことですから……」ではさすがに説得力がありません。生成AIを商業利用する上では、カテゴリ分類を全て任せるのではなく、生成AIが抽出したキーワードと、カテゴリとのマッチング数に応じて最終的に分類するという、ルールベースの仕組みも取り入れ、分類の精度を上げました。シンプレクスとしても、ルールの作成は苦労した点ですが、日本テレビのさまざまなコンテンツを実際に視聴し、人による感覚的なカテゴリ分類と、生成AIが行う分類にルールベースの分類を追加した結果を近づけるという、一見すると地道な作業なのですが、ビジネスに直結する重要な作業に携わらせていただいたことはやりがいにつながりました。うれしいことに、新しいコンテクスチュアル広告の売上件数は2倍に増えているとのことです。
新しいコンテクスチュアル広告とは
改めて、日本テレビの新しいコンテクスチュアル広告の特徴をまとめたいと思います。
- これまで利用していたVision APIやSpeech To Textを廃止し、Gemini(生成AI)を新たに採用。
- 生成AIは二つの役割があり、一つ目はメタ情報を解析する生成AI、二つ目はカテゴリ分類を行う生成AI。
- メタ情報を解析する生成AIは切り口に応じた役割を持たせ、複数回の処理を実行している。
- カテゴリ分類を行う生成AIは、カテゴリごとに異なるプロンプトが用意されており、カテゴリ数は13カテゴリから26カテゴリに倍増している。
- 生成AIを導入する前と比較してランニングコストを2分の1ほどに削減することに成功。
- カテゴリ分類は、生成AIが行った分類結果に「ルールベース」を追加することで最終調整を行う。
最後に
今回のプロジェクトが成功した理由を考えてみると、シンプレクスが外部ベンダーという立ち位置ではなく、プロジェクトメンバーの一員として携わらせていただけたことかと思います。所属を問わず、プロジェクトメンバー全員が意見を出し合い、楽しく仕事ができていたのが印象的でした。また、世に出たばかりの新しい技術を使い、業界の先陣を切る取り組みに携わらせていただいたことは、シンプレクスにとっても大きなモチベーションになりました。今回のプロジェクトはこれで終わりですが、日本テレビのデータプラットフォームを理解している中の者として、シンプレクスの知見やノウハウを掛け合わせることで、まだまだ面白いことがたくさんできるのではないかと楽しみにしています。
PROFILE

ICTエンジニアリング部 主任

DX推進局データ戦略部

DX推進局データ戦略部

クラウドDXインダストリー・プラクティス・リード
クロス・フロンティアディビジョン
エグゼクティブプリンシパル

クロス・フロンティアディビジョン
アソシエイトプリンシパル

クロス・フロンティアディビジョン
リード