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行政手続のオンライン化100%に向けて。経済産業省とシンプレクスが取り組んだサービスデザインのアプローチ

経済産業省様

経済産業省(以下、経産省)では、所管する行政手続のオンライン化率100%を令和7年中に達成することを目標とし、オンライン化推進のための活動を加速しました。

シンプレクスが参加したプロジェクトは、経産省の行政職員が省内のIT有識者に依存することなく、行政手続オンライン化の取り組みを自走することを目的としたプロジェクトです。課題を特定したうえで打ち手となる何らかの省内向け新サービスを、オンライン化推進に向けた一歩として開発することを目指す中で、そのプロセスに「サービスデザイン(サービスデザインとは)」の手法を取り入れたことが、プロジェクト最大のポイントでした。
サービスデザインの先に目指すものは何か。本プロジェクトにかける思いやこれから経産省が目指す先について、担当の伊東 あずさ氏、金井 冬子氏にお話を伺いました。

経産省でサービスデザイン?

シンプレクス株式会社 亀山 明佳(以下、亀山)

このお話を伺った当初、行政サービスでサービスデザインを積極的に取り入れられたいという思いに、強い興味がわきました。このプロジェクトを立ち上げられたきっかけや目的は何だったのでしょうか。

サービスデザインのプロセスを活用したプロジェクト

経済産業省 伊東 あずさ氏(以下、伊東氏)

行政サービスというのは、旧来は国民の皆さまに同じサービスを同じように届けることを目的としていました。ですから、様式(申請・届出を行うフォーマット)が決まっていて、スピードよりも漏れなく、間違いなく手続ができることを重視したサービス設計になっていたと思います。しかし、近年社会が著しく変化し、そのスピードや変化の中身は予測不能かつ多様化してきています。ユーザである国民や事業者にそれぞれ等しくサービスを提供しようと思ったら、サービス側にきめ細やかさや柔軟性が求められる時代です。民間サービスだけではなく、行政も漏れなく、その必要があると思っていますが、民間に比べて対応が周回遅れになってはいないだろうかという危機感がありました。
我々行政も、ユーザ起点のサービス作りにゼロから取り組みたい、という思いでサービスデザインにたどり着きました。

経済産業省 金井 冬子氏(以下、金井氏)

実は政府全体でも「デジタル・ガバメント実行計画」を推進するにあたって、サービスデザインを取り入れています。まだ、民間企業でも広く遍く取り入れられているわけではないと思いますので、むしろ政府が先行しようという機運が高まっています。今までの行政は、紙が多くて、何の手続をするのか一般の人にわかりにくい点もあったかと思いますが、これからの行政サービスはユーザ満足度をあげて、使っていただけるサービスにしていかなくてはならないと思っています。


シンプレクス株式会社 武石 惇平(以下、武石) 

確かに、普段民間企業のお客様と接する中で、サービスデザインを重視してくださるケースは実は多くないので、私も今回の仕様書を拝見したときに先進性やそこに向けた覚悟のようなものを感じました。
民間企業はユーザ満足度の先に売上・利益の向上といった効果を最終的な目的にされるのが一般的ですが、省庁にとってユーザ満足度の向上の先にある目的は何でしょう。

伊東氏

経産省が扱っている行政サービスには大きく2種類「規制」と「支援」があり、いずれも安全と産業発展が最終的な目的です。
支援の場合、例えば新型コロナウイルスに関わる各種の支援制度の申請などがそれにあたりますが、「どうしたら支援を受けられるかわからない」「手続が煩雑」「手続に長い時間拘束される」といった課題があり、支援が必要な人に必要な支援を届けられていないケースが発生しています。最終的には手続なしでも適切に支援が行えるのが理想ですが、まずは手続をオンライン化して、ユーザの視点に立った簡便な仕組みにすることで、必要な支援を必要な人に届けることが第一歩であり重要なポイントです。
規制の場合は、規制が事業者の生産性を下げてはいないかに注意しなくてはなりません。紙に書くことが本質ではないのに、毎回別のデータから申請・届出書である紙に転記する作業が最も大変だという声もあります。それがたとえ安全に関わる重要なものだとしても、本来すべき作業の妨げになっては本末転倒です。例えば、いずれは事業者のシステムからファイルやデータを連携して、申請・届出の作業が特別発生しなくとも、シームレスに申請・届出が行えるようなことも考えていきたいと思います。世の中の変化やITの進化に合わせて、細かくチューニングをしていけるということも、重視しているポイントのひとつです。

武石

産業発展は国力に繋がりますから、国全体を企業と考えたときに、ゴールが産業発展というのは納得がいきました。

Xspear Consulting株式会社 吉浦 周平(以下、吉浦)

かつての製造業を中心とした大企業が日本の産業全体を牽引していた頃と比べて、多種多様な企業がグローバルの競争の中で生き残ろうとしています。我が国全体の生産性を高めるためにさまざまな産業の支援が必要となっている中で、経産省も変化を迫られているということもありますか。

伊東氏

国民や事業者を代表する組織も多様化していることは確かです。それに、産業界のみならず個人も多様化しています。大企業の担当者とだけ会話していれば大部分をカバーできるという時代でもなくなり、また、業務の負荷やユーザの負担を考えても、窓口等に来ていただいて一人一人に対して「ここに記入をして申請してくださいね」というやりとりを基本の形とすることはもはや不可能です。必要な情報を、いかに手間をかけることなく収集して正確に把握するかが課題です。

職員がユーザ視点に立つことが第一歩

亀山

今回のプロジェクトでは、ターゲットユーザを、オンライン化業務を推進する役割を担う経産省行政職員に設定し、サービスデザインの手法で検討した結果、オンライン化業務を阻む要因を特定して打ち手となるWEBサービスを制作しました。課題の特定や打ち手の検討にサービスデザインのプロセスを適用したのには、どういった意図があったのでしょうか。

経産省職員向けデジタル化情報イントラサイト「METI DXポータル」のイメージとコンセプト

金井氏

省全体で国民や事業者をターゲットとした行政サービスのオンライン化業務を推進していますが、オンライン化業務の推進を行う行政職員が、そもそもオンライン化業務やユーザ中心思考に明るくないことには、よいサービスが作れません。サービスデザインの持つ課題解決力への期待とともに、行政職員のリテラシー向上を目的として、今回の進め方に決定しました。

伊東氏

行政手続のオンライン化の事例は省内や他の省庁でも徐々に増えています。優良事例ももちろんありますが、それらが点在している状態なので、もっと組織全体でドライブできるような取り組みを考えていました。オンライン化業務を実行する職員への理解の進まないうちにトップダウンで指示しても自分事化が難しいですし、何より本当に良いものができる気がしません。職員が納得して、主体的に進めるアティチュードを素地として形成したかったのです。
実は省庁の職員というのは社会人一年目から分厚い資料や細かく煩雑な手続を半ば「こういうものだ」と理解して乗り越えてしまっているので、直感的に理解できないことやユーザフレンドリーでないことに慣れてしまっているのです。これは制度を担当する職員としては必要なことなのですが、サービスの提供側に自分の理解を合わせるのではなくて、サービスの提供側がユーザに寄り添うことの大切さに改めて気づいてほしいと思っています。

武石

まずは自分で、あらゆる手段を駆使して調べたり勉強したりするという行為自体は、職務意識としては素晴らしいですが、それを国民や事業者といったユーザに求めてしまうと、提供すべきサービスを提供すべき人に遍く届けるのは難しいかもしれませんね。


伊東氏

はい。手続の前に法律の条文を全部読んでくださるような方は、なかなかいないと思いますので。

吉浦

職員の立場としては、業務も法律に基づいて作られているので、難解なことにも慣れていらっしゃる中で、視点の転換はなかなか容易にできることではないですよね。誰しも自分がユーザだったらとは考えにくいものですが、特に苦労が多かったのではないかと推察します。

主観を取り払う

亀山

前述のとおり、今回のプロジェクトでは、サービスデザインの手法を用いて課題、解決策を導出し、デザインを進めてきました。実際体験されてみていかがでしたか。

金井氏

これまでは定量的なデータや過去の実績から、仮説をたて、実践し、分析ツールからデータを取得して分析・検証するというサイクルで業務を行ってきましたが、サービスデザインの手法では自分の思い込みを排除する必要がありました。つまり、いままでスタート地点としていた仮説がないのです。思い込みをゼロにすることは想像よりもずっと難しかったのですが、これにより意見の偏りがなくなり、新しい気づきにもつながりました。
また、省庁でITスキルの向上が叫ばれている中で、資格取得や、プログラミングの習得などに頭が行きがちだったのですが、今回の工程を経験して行政職員が身につけるべきスキルとして、オンライン化業務の専門用語やプロセスの理解は基本なものの、職員が主として行う行政特有の予算要求や調達をどのように行うのかに課題がある、ということがわかったことも今回得た学びのひとつです。

伊東氏

行政職員がITスキルやリテラシーがあることは必要ではありますが、それだけではなく、ユーザの目線や業務知識との掛け合わせが重要だということも、今回得た学びです。なぜその申請・届出項目が必要なのか、誰がいつ使うのか、関係各所に何を伝えるべきか、本質に立ち返るきっかけになりました。「デジタル化」「オンライン化」と銘打つと、急に特別なスキルがないとできないような気がしてしまいますが、デジタル化・オンライン化のみならず、業務改善とは本来そういうものだなと改めて気づくことができました。

武石

行政手続のオンライン化100%という目標の中で、プロジェクトが成功したかどうかは、まだ言える段階にないですが、サービスデザインのプロセスを徹頭徹尾通せたという点では、成功したと思っています。サービスデザインのプロセスは根気が必要です。「ユーザアンケートをして満足してしまう」「ペルソナを立てて満足してしまう」など、プロセスを途中で省略したりしてしまう失敗例も世間には多々あります。重要なのは、取得した情報を次の工程にどう活かしていくかを、いかにユーザ中心にロジカルに積み重ねられるかであり、それをやり通せたことは大きな成果ではないでしょうか。

金井氏

推進にあたり、様々な意見をどう取捨選択するかは難しいところでした。全部取り入れるとゴールを見失ってしまいます。メインターゲットや、目的に対する優先度、重要度に都度立ち返って取捨選択していたつもりでしたが、ぶれてないだろうか、説明可能な選択だったか、と不安になることもありました。

意見を発散させ、課題を抽出するワークショップを実施

伊東氏

合意形成の範囲や方法は難しかったですね。ターゲットユーザにどこまでを含めるか、ユーザインタビューは誰にすべきか、民間企業ではどのように決定していますか。

武石

民間企業では収益に貢献するターゲットは誰か、ポテンシャルのあるターゲットは誰か、という観点でターゲティングしていくことが多いです。データやユーザインタビューを元に適切なセグメントを見つけます。

伊東氏

今回私たちは、忌憚なく話してくれる人、プロジェクトにシンパシーを感じてくれる人をインタビュイーに選定したので、サンプルバイアスがあったかもしれないですね。今回は一部の職員がターゲットでしたが、省内全体をターゲットにする場合や、国民や事業者向けにサービスを作る場合など、もっと広くサンプルを集める必要のあるプロジェクトだと、必要性を理解してもらうところからのスタートになるので、難易度が上がりそうです。

行政手続のオンライン化率100%達成に向けて

亀山

今回のプロジェクトはいわばオンライン化の足掛かりという位置づけかと思いますが、オンライン化100%に向けた今後のお取組み予定について教えてください。

伊東氏

今回作ったWEBサービスは、ここからがスタートです。作りっぱなしにせず、PDCAをまわしてより良いものに昇華させていく過程で知見を貯めて、次の仕組みを作る際に生かしたいと思っています。今回ユーザとなった職員が、今後サービスの提供側となるプロジェクトに携わったときに、どれくらいユーザ視点が持てているか、それによって政策やサービスの提供方法をいかに改善できているか、足の長い話ですが、行政サービスのオンライン化100%を達成するにはそういった根本的な意識改革が重要なキーになってくると思います。


金井氏

今回作ったサービスサイトを、職員にたくさん使って、使い続けてもらいたいです。そして、私たち提供側はサービスサイトのユーザ=行政職員のために、このサービスサイトを通じてオンライン化業務のガイドライン、TO DOなどを整備し、オンライン化業務のハードルを下げ、行政サービスのオンライン化100%に向けて省内の変革を加速していきたいと考えています。

吉浦

本事業そのものがひとつのイノベーションだと思います。力業でも時間をかけて頑張れば何とかなることならばそのままでもいいかと思ってしまう風潮は、少なからず日本にはあると思うのですが、思い切って変化に舵を取ることが、時代を変える第一歩になると感じました。

金井氏

実際、オンライン化業務が面倒になってしまって、慣れている方に流れようとする傾向が見えるときもあります。その度に、何度も根気強く今回のプロジェクトの意義やユーザ視点に立ち返りました。そうしているうちに、若い職員やより現場に近い職員からも協力者が現れ、諦めることなく志の維持ができたことは感動的でした。プロジェクトの存在が知れ渡るにつれて、「実はこういうことがやりたいのだけど」という相談も届きました。人から人につながって、活動が拡大してきて、今経産省は大きな変化の流れの中にいることを肌で感じています。

伊東氏

2022年6月7日、デジタル社会の形成のため「デジタル社会の実現に向けた重点計画」が閣議決定されました。経済産業省では今夏を目途に、システム整備に関する中長期的な計画を策定予定です。今起きている省内の変化がこれからまさに生きてくると思います。私たちは今後の活動の中にもサービスデザインの手法を取り入れ、ユーザに寄り添った行政サービスの提供を推進していくつもりです。

武石

まさにこれからスタートを切られるタイミングでご一緒できたことを、大変光栄に思います。また、今回お話を伺って、「産業の発展」や「国民のため」に良いものを作るのだという確固たる志をお持ちであるところに、改めて感銘を受けました。本日はありがとうございました。

まとめ

シンプレクスでは、デザインチームAlceo(アルセオ)やグループ会社のXspear Consulting(クロスピアコンサルティング)など多様な専門スキルを持ったプロフェッショナルが協働して、お客様の課題解決に取り組んでいます。
サービスデザイン、最新技術の活用など目的に合わせて、お客様自らそのスキルや知識を身につけ自走が可能なところまで、シンプレクスのプロフェッショナルが伴走します。

PROFILE

経済産業省
大臣官房
デジタル・トランスフォーメーション室
総括補佐
伊東 あずさ氏
経済産業省入省後、エネルギー関係等の部署を経験。2019年6月から経済産業省のDXを担当する部署に配属。
経済産業省
大臣官房
デジタル・トランスフォーメーション室
デジタル化推進マネージャー
金井 冬子氏
SlerにてSE、Web制作会社にてWebディレクター、教育系事業会社にてWebマーケティングを行った後、2021年9月経済産業省へ入省。システム開発のマネジメントや、UI/UX改善提案、コンテンツ作成に従事。
シンプレクス株式会社
クロス・フロンティアディビジョン
UI/UX Design Office Alceo
エグゼクティブプリンシパル
武石 惇平
人間中心設計専門家(認定HCD専門家)。フロントエンドの開発に従事したのちに、主に証券システム領域でリリースまで1年以上を要する大型プロジェクトのPMを複数担当し、近年はUXデザインやサービスデザインプロジェクトを推進する。
シンプレクス株式会社
クロス・フロンティアディビジョン
UI/UX Design Office Alceo
アソシエイトプリンシパル
亀山 明佳
10年以上にわたり、ユーザインサイト調査、マーケティングリサーチ、デザインリサーチを行ってきたUXリサーチのスペシャリスト。業界幅広くUXデザイン開発やサービスグロースの支援を行う。
Xspear Consulting株式会社
ディレクター 
吉浦 周平
官民問わず国内外の組織で、15年以上にわたりIT構想策定やアーキテクチャ検討などを経験し、2021年にXspear Consultingに参画。コンサルティングファームの立ち上げに関わりつつ、パブリックチームのリーダーを務めながら、官公庁を中心に様々なプロジェクトを推進する。
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