銅を中心とした非鉄金属素材、付加価値の機能材料や製品を製造する非鉄金属メーカーの三菱マテリアル株式会社(以下、三菱マテリアル)は、2022年より全社でデジタル化戦略「MMDX2.0(三菱マテリアル デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション)」に取り組んでいます。
その中核的な役割を担っているのが、全社のデータを集約・活用するための全社データ基盤です。三菱マテリアルと共に基盤構築に携わったのは、堅牢な金融システムの開発で培った技術力を誇るシンプレクス株式会社(以下、シンプレクス)と、テクノロジーや幅広い業務知識を生かしてさまざまな業界のDXをサポートしてきたXspear Consulting(以下、クロスピア)。三菱マテリアルと2社の担当者はどのように全社データ基盤を整備したのでしょうか。また、今後のデータ駆動型経営への道筋をどう描いているのでしょうか。関係者に話を聞きました。
対談メンバー
- 三菱マテリアル株式会社
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DX推進部 データサイエンス室 室長 片倉 賢治氏
DX推進部 データサイエンス室 和氣 宏明氏
DX推進部 データサイエンス室 八角 和人氏 - 三菱マテリアルITソリューションズ株式会社
- ITソリューション部 プラットフォームグループ グループ長補佐 井上 悠史氏
- Xspear Consulting株式会社
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マネージングディレクター 吉浦 周平
マネージャー 竹内 友宏 - シンプレクス株式会社
- クロスフロンティアディビジョン アソシエイトプリンシパル 前野 博史
2年連続DX注目企業に選ばれた三菱マテリアルのデジタル戦略
「三菱マテリアルは、2023年度にスタートした中期経営戦略2030において、『私たちの目指す姿』を『人と社会と地球のために、循環をデザインし、持続可能な社会を実現する』としています」と話すのは、三菱マテリアル株式会社DX推進部データサイエンス室の室長、片倉 賢治氏(以下、片倉氏)。この戦略は、Phase1(2023~2025年度)を競争力強化フェーズ、Phase2(2026~2030年度)を事業拡大フェーズとし、段階的に進められています。

「当社は全社改革の一環として2020年からMMDX(三菱マテリアル デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション)を開始してきています。当初は顧客接点や全社的なDXを中心に取り組んできましたが、製造業として、ものづくり領域のDXや、これまでのトップダウンアプローチのみではなくボトムアップの活動を一層推進する必要性が高まり、2022年度下期からはMMDX2.0としてステージアップしています」(片倉氏)
MMDX2.0では、①事業系DX、②ものづくり系DX、③研究開発DX、④全社共通DX、⑤基幹業務刷新の計5領域に取り組んでいるとのこと。こうした姿勢が評価され、経済産業省・東京証券取引所・独立行政法人情報処理推進機構が選定する「DX注目企業」に2年連続で選ばれています(2025年1月取材時点)。
データ駆動型経営の実現に向け、全社データ基盤構築を決定
MMDX2.0に欠かせないのが、企業全体のデータを一元的に管理・活用する全社データ基盤です。片倉氏はその必要性を次のように語ります。
「DX推進の重要なミッションの一つに、データ駆動型経営への転換があります。データ駆動型経営を実現するには、従業員のデータリテラシーを高め、データを適切に収集し、利活用を促進していく仕組みが必要です。当社は複数の事業カンパニーを抱え、それぞれが独自の業務システムを使ってきました。現場の業務を回す分にはとくに問題はありませんでしたが、全社的なデータ駆動型経営を実現するには、それだけでは不十分。個々の業務システムのカバー範囲を超えて、データを蓄積・活用できる全社データ基盤が必要だという話になったのです」
全社データ基盤は、三菱マテリアルが持つクラウド基盤「MMCGクラウド」の一部に構築されることになりました。当初、社内では別のデータウェアハウスサービスを使って実証を進めていましたが、耐久性への懸念などからSnowflakeへの切り替えを決定。データパイプラインにはInformaticaやSnowpipeを、データの可視化にはTableauを使うことも早い段階で決まっていました。
「Snowflakeへの切り替えを決めた頃から、構築を加速させるには外部の協力も必要だと考え始めました。当社規模の全社データ基盤となると、セキュリティや性能はかなり高いレベルが求められます。そこで金融業界の堅牢なシステム設計・開発で豊富な実績を持つシンプレクスさん、そしてデータガバナンスやプロジェクト推進で実績を持つクロスピアさんに声をかけました。両社なら安全で信頼性の高いデータ基盤を一緒に構築してくれると思ったのです」(片倉氏)
システム構築と運用ルール策定の両軸で準備
全社データ基盤の目的はデータ駆動型経営の実現です。そのため片倉氏は当初から「意思決定に活用するからには、質の高いデータを蓄積していくことが重要」だと考えていました。また、「各カンパニーの業務システムに散在する多様なデータをきれいにまとめ、有効活用できる状態にしたい」という思いもありました。

構築を担当したシンプレクス株式会社クロスフロンティアディビジョン アソシエイトプリンシパルの前野 博史(以下、前野)は、三菱マテリアルの全社データ基盤の特徴として二つのポイントを挙げます。
「一つ目は規模感です。三菱マテリアル様は国内外のグループ会社を含め、連結従業員数が約2万人規模。この規模での全社データ基盤は他社に多くありません。二つ目は、提供と統制の両立です。完全に自由に使えるプラットフォームとして社内へ展開してしまうと、データの質を担保できませんが、規制しすぎても使いにくくなってしまう。多くの企業でこのバランスをとるのに苦労しており、各社独自の基準を策定していますが、さまざまなカンパニーとの調整を要する点で難易度が高いです。このように両立という難しいチャレンジに挑んでいるのも特徴的です」(前野)
利用部門が多いとニーズも多様化し、一律のルールでは対応しきれません。片倉氏は「カンパニーによってデータの特性も違うため、どのようにデータを収集するのが効果的なのか、また本社としてどう適切に統制を利かせるかは非常に難しい点でしたが、シンプレクスさんが中心となって関係者との丁寧な対話を重ねながら検討を進めてくれてありがたかったです」と振り返ります。
シンプレクスでは関係者との対話に加えて、AWSやSnowflakeからベストプラクティスもヒアリングしながら、最適な方法を検討。構築フェーズでは、既存のデータウェアハウスサービスからSnowflakeへのデータ移行も担当しました。「データの品質は特に注意を払い、一つ一つの変換方式を丁寧にチェックしながら無事移行を完了させました」(前野)
構築と並行して、クロスピアがユーザを巻き込んだ運用ルールやデータマネジメント及びデータガバナンスに関するルールの策定を支援しました。

「ユーザによるデータ利活用を推進するためには、ルールに従いながら整ったデータを保持する必要があります。また、どこに、どういうデータがあるか、ユーザにもわかりやすくまとめられている必要があります。そのためにはデータを提供する側にも遵守してもらうルールが必要ですが、ルールが厳しすぎても緩すぎても機能しません。理想はデータ提供者にとって易しく、かつ品質も担保できるルールですが、ジレンマがあり、いつも着地点には悩みます。一般的にはDMBOK(Data Management Body of Knowledge)というフレームワークの適用から入るのですが、もっと現場に則したものがよいだろうと判断し、各カンパニーの情報システム部門や部門長クラスから意見を集約。データサイエンス室の皆さんとも相談しながら、現実的に運用がまわり、データの品質も担保できるバランスを目指しました」Xspear Consulting株式会社マネージングディレクター 吉浦 周平(以下、吉浦)
全社データ基盤は構築以上に、現場でいかに「使いたい」「使ってみよう」と思ってもらえるかが大事。片倉氏は、立ち上げ期のコミュニケーションを特に重視したそうです。
「社内に理解してもらい、賛同してくれる仲間を作ることが近道だと思っていました。資料もかなり作り込み、我々が何を実現したいのか、どう使ってもらいたいのかを、わかりやすく伝えるよう努力しました。資料作成はクロスピアさんにも協力してもらっています」(片倉氏)
資料作成時は何度も修正依頼が入り、データサイエンス室と日々、修正しては検証の繰り返しだったと振り返る吉浦。「ガイドラインはかなり小刻みにアップデートしました。でも実際、それくらいこだわらないと経営のために全社が一丸となりデータを蓄積・活用することの重要性への理解は広がらないだろうと思います。現場は日々の業務に忙しく、そこに新たな作業をお願いするわけですから抵抗感があるのも当然。全社データ基盤の活用が会社や工場にどんなメリットをもたらすかを説明して、納得してもらうプロセスを大切にしました」(吉浦)
一気通貫の支援体制で利活用の定着・拡大へ
三菱マテリアルの全社データ基盤は、2023年度から順次利活用していくフェーズに入りました。片倉氏は「複数の事業カンパニーでデータの可視化や活用が進み、すでに成果も出てきています。たとえば、加工カンパニーでは販売データと原価データを組み合わせて収益性を分析し、マーケットインテリジェンスの強化につなげています。工場では毎月50億件のIoTデータを収集し、分析に活かそうとしています。また、金属資源データを集約して在庫管理の精度を上げる取り組みも始まっています。そのほか、経営ダッシュボードや人事データの全社的な活用、AIを使った分析などもあります」と説明します。
技術面を支えるシンプレクスは、要件定義から実装、運用保守まで一気通貫で対応できることが強みで、運用が始まってからも現場の声を聞いて機能改善を続けています。たとえば、当初はデータ連携が1日1回だけだったところに、製造や販売部門からの「新しいデータをもっと頻繁に確認したい」という要望に応え、複数回連携できる仕組みを取り入れました。

「連携頻度を増やすとコストも上がると思っていたのですが、むしろ以前より費用を抑えられています。まだ使っていない部署からも『使ってみたい』という声が上がっています」と話すのは三菱マテリアルITソリューションズ株式会社ITソリューション部プラットフォームグループのグループ長補佐、井上 悠史氏(以下、井上氏)です。
データサイエンス室では、全社データ基盤のほかに各部門が必要とするデータを抽出して使いやすい形に整理したデータマートも提供しています。三菱マテリアル株式会社DX推進部 データサイエンス室の和氣宏明氏は「環境が増えると管理は大変ですが、シンプレクスさんがSaaSのアップデートや情報の自動取得の仕組み作りをサポートしてくれるおかげで、スムーズに運用できています」と話します。

クロスピアも、引き続き定着支援に取り組んでいます。具体的には、現場の認知度を高めるための説明会開催や資料作成、効果を最大化するための蓄積データの優先順位付けなどが挙げられます。また、活用支援として直接工場へ行き、三菱マテリアルの社員の方と一緒に分析作業をしながらノウハウも伝えています。
最近では新機能の導入も進めています。「より使いやすくするために、全社データ基盤を見える化するデータカタログや、データ品質のチェック機能の導入を進めています。こうした新機能も、選定から導入、定着までサポートします。また、運用が始まってからはガイドラインに沿って定期的なチェックをしており、新しい課題が見つかれば解決に取り組んでいます。少しずつですがPDCAサイクルがまわり始めているのを感じます」とXspear Consulting株式会社マネージャー 竹内 友宏(以下、竹内)は手応えを語ります。

現場と共に歩む、データ駆動型経営への道
利活用は始まっていますが、社内アンケートを取ると「まだ使いたいデータがない」という声もあります。今後の展望について井上氏は「理想は、全社の業務システムのデータはもちろん、工場のIoTデータ、さらには気象情報のような外部のオープンデータなども取り込み、意思決定に活用できる環境です。ただ、データ量を考えると一度にすべてを網羅するのは現実的ではないので、優先度の高いものから増やし、利用者が必要とするデータを揃えていきたいと考えています」と話します。
片倉氏は改めて全社データ基盤の意義を強調しました。「全社データ基盤は、私たちが目指すデータ駆動型経営、つまりデータを使った意思決定を可能にするものです。データは企業の競争力を左右する重要な資産です。今回構築した全社データ基盤を通じてデータの価値を最大限に引き出し、企業価値の向上につなげていきたいと考えています。ビジネスはもちろん、データや人をつなぐプラットフォームにもなっていくはずです」
今回のプロジェクトでは、クロスピアが企画や工場などへのヒアリング、シンプレクスが設計・構築・運用保守を中心に役割を分担し、それぞれの強みを活かしながら支援を進めてきました。

この協力体制について、三菱マテリアル株式会社DX推進部 データサイエンス室の八角 和人氏は「全社データ基盤のシステム構築と、事業や組織に関するコンサルティング。どちらも専門性の高い領域ですが、両社がタッグを組んで密に連携し、非常にスムーズに進めていただきました」と評価。片倉氏も「クロスピアさんは、あるべき姿と現場の実情をうまく擦り合わせながら、理想論だけではない実効性のある運用を一緒に検討してくれています。シンプレクスさんも『できません』とは言わず、ユーザ視点に立ったソリューションを提示しながら技術的に難しい課題に取り組んでくれています。こうした丁寧なコミュニケーションと業務に対する真摯な姿勢は今後も期待しています」と同意を示しました。
前野は三菱マテリアルの全社データ基盤を「非常に大きな可能性を秘めた夢のある基盤」と表現します。「三菱マテリアル様のような規模と多様な事業領域を持つ企業が全社データ基盤を構築して利活用につなげている事例はそう多くありません。今後は、一部門のDXから企業全体の変革、CX(コーポレート・トランスフォーメーション)へと発展していくでしょうし、社会や業界全体へもより大きなインパクトを与えられるでしょう。ただ、その前段で、利用者が使おうとしたときに時間やコストがかかりすぎると利活用が停滞してしまいます。そうした障壁を取り除き、必要な機能やサービスを適切に提供できるよう、引き続き支援させていただきます」(前野)
クロスピアも展望を持っています。「今後はデータの可視化だけでなく、さらにその先にある、より高度なデータ利活用の事例を創出も加速させたい」と竹内が言うと、吉浦も「当社グループはテクノロジー×コンサルティングという強みを活かし、三菱マテリアル様の理想や構想の実現をお手伝いしていきます。単なる構想段階の支援だけでなく、実際に伴走して実現までサポートできるのが私たちの強みです。今回のMMDX2.0やデータ基盤の構想には強く共感しており、今後も取り組みを続けていきたいと考えています」と力を込めました。
製造業におけるデータ活用の先駆けとして、全社データ基盤を軸に改革を進める三菱マテリアル。今後の成果は多くの企業にも好影響を与えそうです。
PROFILE

データサイエンス室 室長

データサイエンス室

データサイエンス室

プラットフォームグループ グループ長補佐

クロスフロンティアディビジョン
アソシエイトプリンシパル

マネージャー
現在は幅広いテーマ経験での対応力を活かし、三菱マテリアルのデータ駆動型経営に向けた様々な施策をトップダウンとボトムアップの両面から支援。

マネージングディレクター